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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2532号 判決 1969年2月27日

理由

《証拠》を総合すると、瀬口重久は昭和四十年十二月二十日貸金業者である被控訴人の東京営業所から武田進司、控訴人及び中家正裕の代理名義を用い武田進司を主債務者、控訴人及び中家正裕を連帯保証人として金十九万九千五百円を、弁済方法昭和四十一年一月から同年十月まで毎月二十日かぎり金一万九千九百五十円ずつに分割して支払うこと、期限後の損害金百円につき一日金二十銭の約で借受けたことが認められ、右認定に反する原審証人瀬口重久の証言部分は措信することができない。

しかし、瀬口重久が被控訴人との間において右消費貸借契約を締結するに際し控訴人を代理して連帯保証をなすべき権限を有したことについてはこれに沿う原審証人瀬口重久の証言部分はとうてい措信することができず、他にこれを認めるに足りる措信すべき証拠はない。却つて、《証拠》によると、瀬口重久は本件連帯保証をなすにつき控訴人を代理すべき権限などは全くこれを有しなかつたものであつて、甲第一号証及び第三号証中の控訴人名義の記名も本人の自署ではなく、右名下の印影も控訴人本人がこれを押捺したものでないことを認めることができる。

しかるに、被控訴人は、瀬口重久は銀行との当座取引の保証をなすにつき控訴人を代理すべき権限を有し、かつ控訴人名義により銀行と当座取引をなすことの了承を得ていたものであるから、本件連帯保証がその権限を越えるものであるとしても、控訴人は連帯保証人としての責任を免れないと主張するもので、この点について検討する。

《証拠》によると、控訴人は昭和三十六年頃同一の会社に勤務していた関係で瀬口重久と知合つたものであるが、昭和四十年頃当時自動車売買の仲介をしていた右瀬口から同人が株式会社神戸銀行中野新橋支店との間で当座取引を開始するから連帯保証人となつてもらいたいと再三懇請され、止むなく同人の要求に応じ、実印を作り、印鑑届をした上、同人をして右保証に関する手続をなさしめるため実印を交付したこと、しかしてその後同人は小切手の不渡を出したため従来どおり当座取引を継続することができなくなり、控訴人に対し控訴人の名義を使用して当座取引を開設したいから了承してくれるよう申入れ、控訴の実印を所持しているのを幸いその承諾がないにも拘わらず控訴人名義による取引を始めてしまい、控訴人は事後止むなくこれを了承したこと、しかして、控訴人は実印が不法に使用されることを懼れ、その返還を求めていたが、昭和四十二年三月本件貸金請求訴訟が提起されるに及び右実印が濫用されていることを知り、直ちにその廃印届をしたことが認められ、この認定に反する証拠はない。ところで、右認定の事実のうち控訴人において瀬口重久が銀行と当座取引を開始するに当りその保証人となることを承諾して瀬口に自己の実印を交付したとの点はこれを保証契約締結のための代理権の授与と解することができるのであつて少くとも瀬口重久が控訴人の代理人としてした本件連帯保証の意思表示は右代理権限の範囲を越えてしたものと言うことができる。しかし、《証拠》を考えあわせると、被控訴人は貸金業者として金銭の貸付をなすに当つては通常債務者から債権証書に代るものとして貸付額を全額とする主債務者及び二名の連帯保証人の共同振出にかかる約束手形一通並びに印鑑証明書を添付した債務者及び連帯保証人二名の連署のある公正証書作成嘱託のための委任状を徴し、更に貸付の交渉相手方が債務者若しくは連帯保証人本人でなくその代理人である場合には直接債務者若しくは連帯保証人本人について代理人に真正な代理権があるかどうかを確かめた上貸付金を交付していたが、被控訴人の東京営業所長鈴木国男は本件貸借に当り瀬口重久から主債務者を武田進司、連帯保証人を控訴人及び中家正裕とする公正証書作成嘱託のための委任状(甲第一号証)及び印鑑証明書(甲第二号証の一ないし三)並びに共同振出名義の約束手形一通(甲第三号証)を受取つたが、従来の例に反し瀬口重久の説明を信用し、直接主債務者及び連帯保証人各本人について右瀬口が真実に代理権限を有するかどうかを確めることなく(殊に控訴人は被控訴人とは従来取引もなく被控訴人にとつては全く面識がなかつた者であるにも拘らず)、瀬口に対し貸付金を交付したものであることが認められる。右認定の事実に照らせば、瀬口重久は本件連帯保証に当り成程控訴大の印鑑証明書とともにその名義の記名捺印ある前示委任状及び約束手形を持参しているものの、被控訴人としては貸金業者として通常当然になすべき本人の意思の確認の手続を怠り漫然代理人と称する者の言を軽信したものであつて、被控訴人としてはこの点に過失があり、従つて、被控訴人が瀬口重久に控訴人を代理して連帯保証をなすべき権限が有つたものと信じたとしても、かく信じたにつき正当の理由があつたものとは言うことができない。

さすれば、被控訴人の表見代理に関する主張もまた失当であつて、採るを得ない。

そうとすると、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条の規定に従い原判決中控訴人に関する部分を取消して控訴人に対する被控訴人の請求を棄却する。

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